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乗っていただきます―まえがきにかえて
(本文から抜粋)
昨夜から今朝にかけての雨も晴れ上がり澄んだ空気の成城学園住宅街を、ゆっくりと走 っていた。
僕はタクシードライバー。
優しい春の日射しと風のなか、和服姿のご婦人が、こちらに向かって手を上げている。
スピードを緩めながら、後部ドアが婦人の前に来たところで、車を停止させドアを開ける。
「ハイ、どうぞ」。
婦人はゆっくりとシートに腰掛けた。着物の裾を挟まないように気を つけてドアを閉める。婦人はニコニコと行き先を告げた。
「承知しました。お急ぎですか?」と訊ねる。
「時間は十分ありますから大丈夫」と笑顔 がさわやかだ。感じのいい人だ。
「晴れてよかったですね」と努めて明るく言った。二人だけの車内空気をつくる大切な一声なのだ。
すると婦人は「そうね! ほんとによかった。感じいいわよ、運転手さん」
「いえっ、ハイ。お着物が雨だと汚れますから……」
「私は乗せていただきます。あなた は?」
僕は一瞬エッ? と思ったがすぐに気がつき「ハイ、乗っていただきます」
「はい 正解ですね……ホホホ」
「ハハハハ」と僕。
婦人は言葉を続けた。
「そうなのよね。この乗せての『せ』、乗っての『つ』はつなげる と礼節の『節』でしょ。お互いの気配りだと思うの、私。運転手さんどう思います?」
僕 は「なるほど、すごいすごい!」と今しがた出逢ったばかりであることもすっかり忘れ、 親しげに声を出していた。
このあと目的地まで柔らかい空気、楽しい語らいの時間になっ たことはお察しの通り。 東京二十四時間、こうして今日も走る個室の中で、たくさんのドラマが展開している。
生活のなかのささいなことから、政治経済・スポーツ・芸能・暮らしのことなど、現代人 の考え方や生きざまを、本音で聞かせていただける仕事。それがタクシードライバー。
一期一会のワンダフルな出逢いから、喜怒哀楽・感動のエピソードを、ここにお届けす ることで、読者の方がホンのちょっぴりでも、ワンダフルな気分になっていただければ幸
いである。
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