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そこは異文化の「カルドロン」 2006年9月。 ブーンボックスと呼ばれる大型CDラジカセから音を振り撒いて歩く黒人は昔からいたが、iPodが ある時代にまだ健在だとは恐れ入る。70年代に比べるとサイズは大分小さくはなったけれど、ご苦労な事にこれを肩に担いで自分好みの黒人音楽を鳴り響かせ、いわば移動BGMを通行人に提供している。携帯で話している男性が、彼がそばを通ると片方の耳を手で塞ぐ。迷惑と言えなくもないが誰も文句を言わない。ブーンボックス氏はビートに合わせ、長い手脚を振るような歩き方で人込みをかき分けながら音と共に遠ざかって行く。 カラフルなアフリカの民族衣装とターバンをまとった女性が通りの角にひとかたまりになっていてそこだけがアフリカ色に染められている。思わずカメラを向けて(OK?)とアイコンタクトを送ると、1ドルくれとアフリカのアクセントで言って人差し指を立てる。写真に1ドルとはまるで開発途上国のようだ。苦笑して私はカメラを下ろした。お金が惜しいのではなく、お金を渡す事によって写真への思い入れが壊れるような気がしたからだ。 ハーレムのメインストリートの125丁目では日本では見かけない路上販売が盛んで、ずらりと黒人露天商達のテーブルが並んでいるのが壮観だ。暑くても寒くてもテーブルひとつ構え、「店主」達は香油やお香やキャンドル、手作りせっけん、アクセサリー、黒人のセレブリティの絵葉書などを商う。自分で書いた本の宣伝販売をしている男性も数人いた。とにかくカラフルで、赤、青、黄、紫と色のパレードが続く。バニラやココナッツのエキゾチックな香りに包まれて大通りを東に進むと、CDや家電を売る店、洋服屋などから様々な黒人音楽が流れ出てくる。ほとんどはビートも歌詞も攻撃的なヒップホップである。黒人音楽のルーツであるブルースやゴスペル、ジャズは一切聞こえて来ない。昨今では若い黒人達に人気のある音楽はラップなのだ。CDショップに入ってもラップのセクションが大きなスペースを占めている。 一軒だけ、オールド・スクールのブラック・コンテンポラリーを流している。聞き覚えのある声だ。 かと思うと、園芸用と思われる手押しのワゴンに氷とボトルド・ウォーターを(ペットボトル入りの水)入れて売り歩く者もいる。9月の炎天下を長時間歩いていれば思わず手が伸びそうになるが、聞くと、売値は1本2ドル。レノックス・アベニューをちょっと上がったデリなら冷えていないのが玉にキズではあるが、同じサイズの水が3本1ドルで売られている。 ガマン、ガマン。 手持ちのキャッシュが心細いので楽をせず、忍耐力で節約するに限る。アメリカではたったの1ドルが大きな価値と意味を持つ。日本に100円ショップが出来るはるか昔から大規模な99セントショップ(註)が存在していて、生活用品から食品まで幅広い商品がすべて99セントで買い揃えられるのだ。私もニューヨーク滞在中はよくお世話になる。ア・ペニー・セイブド・イズ・ア・ペニー・ゲインド(ちりも積もれば山となる)という諺を座右の銘にしてケチケチと暮らすツーリストには2ドルのボトルドウォーターは贅沢品なのだ。東京ならよく冷えた緑茶やウーロン茶が入った自販機が
100メートルも歩かないうちにひょっこり出現するが、ニューヨークにない物がこの自販機なのだ。 自作の音楽CDを無料配布している女性もいる。ハーレムでは無料の音楽CDがたくさん手に入るのだ。どれもが店で売られていてもおかしくない立派な作りで、帰国してから聞いてみるとプロと遜色ない出来栄えである。日本では入手困難な黒人映画のDVDを買いに入った店ではレジの横に無料CDが箱いっぱいに無造作に入っていたので5、6枚貰って帰った。イベント会場に出向けば受付けにも何種類か置かれている。ミュージシャンを目指す無名の彼らがJay Zや50 Cent、Diddy、ルダクリスといったラッパーのようにメジャーになれるのか、どうやったらブレークするのか、私には音楽界のシステムはわからないが、LLクールJや50セントらはデモテープを作ってレコード会社に持ちこんだそうだ。今ではこうしてCDを制作して無料で配布するというのがブレークへの第1歩なのかもしれない。 125丁目をそぞろ流し歩く大勢の横にも縦にも大きい黒人に混じって、見る物、聞く物すべてが珍しく、何一つ見逃すまいと目を見開いて歩いている私は彼らの目にはいかにも場違いで異質に映っただろう。そこは異文化のカルドロン(大釜)、私は釜の中に放り込まれた異邦人だった。 主な目次 プロローグ 1章 ハーレム・シーンズ〜私のハーレム巡礼 2章 ブラックカルチャー入門 3章 黒人の素顔 4章 差別と黒人と私 後書きに替えて |
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著者紹介/工藤明子(くどうあきこ)
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